父さんは母さんをとにかくお姫様みたいに大切にしているし、翔琉は母さんのことが大好きで金魚のフンみたいにいつもびったんこに引っ付いているし。そして、なぜなのか、オレも母さんにだけはどうしても勝てない。
たまに口論になった時、父さんには勝てるのに、なぜか母さんに勝ったことは一度もない。そういわれてみれば、比嘉家の男一族はみんな、母さんの尻に敷かれまくっとる。
「じゃあ、お願いね。夕方までには帰るから」
母さんが翔琉と一緒に家を出て行ってから、ちんたらと身支度を整え、重箱弁当を手にオレもようやく重い腰を上げて家を出たのは9時をとうに過ぎてからのことだった。
しまったぁ、こりゃあもう少し早く出とけば良かったかね、と玄関から一歩外に足を踏み出した瞬間に、やっぱり後悔した。まだ午前中だっていうのに、空から降り注ぐ陽射しはすでに狂気のように強烈だ。
「いーやあ……でーじ暑いねぇー」
フー、と息を大きく吐き出し、額に滲んだ汗をTシャツの袖でぐいっと拭う。
台風が去ったあとの湿気を含まないさらっとした夏至南風が緩やかに吹いて、集落中のフクギの枝葉をさわさわと揺らす。島にこの夏至南風が吹き抜けると、いよいよ夏本番だ。
診療所は赤瓦の集落を抜けて、島いちばんのデイゴの大木の横にある古ぼけたバス停を横切り、サトウキビ畑の一本道を抜けた先、与那星浜に面した小高い丘の下にある。家からは片道、徒歩で10分少々ってとこだ。
それにしても、こらぁやばいど。今日はやばい。琉球石灰岩の混ざった白い道は、容赦ない陽射しを照り返して直視できないほど眩しい。家を出てまだ数分しか経っていないのに、首筋から背中にかけて汗が滝のように流れ落ちて行く。Tシャツがじっとりと背中に貼り付いてなんだか気持ち悪い。
一刻も早く診療所の冷房に当たりたい一心で、重箱を抱え直して足を早める。
やがて集落の端を抜け、サトウキビ畑の緑の向こうに、見慣れた古いバス停が見えてきた。そこまで来たとき、オレは立ち止まった。
デイゴの大木の下に佇んでいる人影に目を細めた。陽炎がゆらゆらと立ち上る道の向こう。
「……ん?」
鮮やかな朱色の花を咲かせるデイゴの大木の下にぽつんと佇んでいる人影に、オレは目を細めた。
たまに口論になった時、父さんには勝てるのに、なぜか母さんに勝ったことは一度もない。そういわれてみれば、比嘉家の男一族はみんな、母さんの尻に敷かれまくっとる。
「じゃあ、お願いね。夕方までには帰るから」
母さんが翔琉と一緒に家を出て行ってから、ちんたらと身支度を整え、重箱弁当を手にオレもようやく重い腰を上げて家を出たのは9時をとうに過ぎてからのことだった。
しまったぁ、こりゃあもう少し早く出とけば良かったかね、と玄関から一歩外に足を踏み出した瞬間に、やっぱり後悔した。まだ午前中だっていうのに、空から降り注ぐ陽射しはすでに狂気のように強烈だ。
「いーやあ……でーじ暑いねぇー」
フー、と息を大きく吐き出し、額に滲んだ汗をTシャツの袖でぐいっと拭う。
台風が去ったあとの湿気を含まないさらっとした夏至南風が緩やかに吹いて、集落中のフクギの枝葉をさわさわと揺らす。島にこの夏至南風が吹き抜けると、いよいよ夏本番だ。
診療所は赤瓦の集落を抜けて、島いちばんのデイゴの大木の横にある古ぼけたバス停を横切り、サトウキビ畑の一本道を抜けた先、与那星浜に面した小高い丘の下にある。家からは片道、徒歩で10分少々ってとこだ。
それにしても、こらぁやばいど。今日はやばい。琉球石灰岩の混ざった白い道は、容赦ない陽射しを照り返して直視できないほど眩しい。家を出てまだ数分しか経っていないのに、首筋から背中にかけて汗が滝のように流れ落ちて行く。Tシャツがじっとりと背中に貼り付いてなんだか気持ち悪い。
一刻も早く診療所の冷房に当たりたい一心で、重箱を抱え直して足を早める。
やがて集落の端を抜け、サトウキビ畑の緑の向こうに、見慣れた古いバス停が見えてきた。そこまで来たとき、オレは立ち止まった。
デイゴの大木の下に佇んでいる人影に目を細めた。陽炎がゆらゆらと立ち上る道の向こう。
「……ん?」
鮮やかな朱色の花を咲かせるデイゴの大木の下にぽつんと佇んでいる人影に、オレは目を細めた。



