最近の残業続きに寝過ごして、いつもなら作るお弁当も今日は用意出来ず仕方ない。お昼は会社近くのカフェでササッと済まそうかと思っていたのに……寄りによって。


カフェの近くまで来た時に森井さんが先にそのカフェに入るのを見てしまった。


奥さんの肩を抱いて。


ふうん。


あの様子だともう臨月?


忘れ物でも届けに来たのかしら?そのついでのランチ?


それともまだ私と森井さんが繋がってるんじゃないかとーーーーー疑ってる?


いいえ、もう完全に終わってる。半年以上も前の事だもの。


森井さんは私以外にも別に付き合ってる人がいた。つまり二股。


違うか。私の方が後だもんね。本命は向こうで私は単なる浮気相手ってとこ。


だけど彼女の存在を知りながらも森井さんへの思いを捨てきれなかった。いつかは私だけの森井さんになってくれるんじゃないかって。どこかで淡い期待を抱いてた。


けれどその本命の彼女が妊娠して状況は一変。


結局二人は結婚する事になり……それきり私達の関係は終わってる。終わらせるしかないじゃない。


まぁ、いずれにしても森井さん達がいるそのカフェにのこのこ入る訳にはいかない。それで少し遠いけどオフィス街の裏道にひっそりある知る人ぞ知る名店のお蕎麦屋さんに来たのに。


こんなビニール傘如きでひと悶着なんてーーーバカげてるわ。


「分かりました。すいません、きっと私の勘違いですね。どうぞ。」


全く思ってもない事をスラスラと並べ立て差し出された手に今朝、間違いなく私が買った1本500円のビニール傘を差し出す。


ああ、私のビニール傘が。


仕方ない。確かすぐそこにもコンビニあったし、また買えばいいわ。


「じゃ、これで。」


と足早にその場から去ろうとしたら、


「何もこの雨の中、濡れて歩かなくても。一緒に入っていけば?」


「へっ?」


私からビニール傘を受け取った目の前の人物はやはり無表情に淡々とそう言った。