「――白桜(はくおう)様」
 

柔らかい呼びかけに、私室の縁側で夜天を見上げていた主はつと振り返った。


「天音(あまね)」
 

着物を重ねて着、しかし動きやすいように細工されている意匠の、銀色の髪の女性は軽く面を伏せた。


「黒藤(くろと)様がいらっしゃっております。至急、白桜様に取り次ぐようにと」


「黒(くろ)か――すぐ行く」
 

黒藤――幼馴染である影小路(かげのこうじ)家の若の、月御門(つきみかど)へのその来訪の理由。


白桜は薄ら気づいていた。


「白(はく)。母上が目覚める」
 

門まで出迎えた白桜に、長身の黒い幼馴染は端的に告げた。


「紅緒(くれお)様が眠られてから十六年か……。所在は摑んでいるんだろう?」