「あなたが、やれ化け物だ嘘つきだと罵倒するような人間じゃなくてなによりです」
「いやさすがにそこまでは……」
「とは仰いますが、人間も様々おりますゆえ。わけもなく恐がり敵対心を抱く人間はもなかには」

そう言われると不憫な気がしてきた。今のところ、雲母は多少怖いだけで、ただの麗人である。

「世知辛いですね」
「その点に関しては、運が悪かったと思うしかありません。人間同士でもひとの話をまったく聞かず、とにかく罵るだけの輩はおりますでしょう」
「まあ確かに。よくいる」
「自らのご都合によろしい世界だけで生きている者は、どこにでもいるのです。私たち妖も例外ではありません」

達観しているようで、辛辣なコメントに思えた。自虐的にも聞こえる。
ただ祖母のことばがそのまま当てはまる気がして、ほんのすこし、親近感が湧いた。

「それに我らは人間がおらぬと存在してゆけぬからな。ある程度のことは我慢するしかないのだ」
まさかの三つ目のモンブランにフォークを刺しながら、薊が明るく言った。

しかしそのことばの意味がよくわからなくて、疑問符が浮かぶ。人間がいないと存在できないとはどういうことだろうか。

そのときちょうど、時計が鳴った。この部屋にはなかったが、どこかに振り子時計があるのだろう。大きな音が三つ響いた。

「ちょうどお客さまがお見えになる時間です。あなたの疑問に思った点は仕事の内容にも関わってきますし、話を聞きながらご説明いたしましょう」
雲母が立ち上がる。その動きに合わせたかのように「ごめんください」という細い声が聞こえてきた。