三日月紫苑は「ほら見ろ」と言わんばかりに雲母を見ている。対して雲母はふう、とため息をつく。
「あやしくなどありません。紫苑の仕事は妖を助けることですから」

あやかし。

はす向かいに座る美丈夫は、確かに今そう言った。

妖、というのはあれか、漫画やアニメに出てくる、妖怪のこと、だろうか。

「紫苑、雲母! 余のモンブランが消えておるぞ!」
会話を反芻している間に、洋間の扉が勢いよく開かれた音がした。同時に少女の声が聞こえる。
「ぬ、なんだ人間がおるのか」

そろそろと背にある扉を振り返る。
そしてますます、頭が混乱する。
そこに立っていたのは、小学校低学年ぐらいの女の子だった。不思議の国のアリスから出てきたかのような。まったくもってこの場に似合わない、所謂幼女が出てきた。

「薊(あざみ)、紹介します。紫苑の代わりに絵を描く如月椿です」

確かに同居人があとひとりいるとは言っていた。それが彼女なのだろうか。水色のワンピースに艶やかな黒髪。顔立ちは幼いものの整っている。

「そちが椿か。余は薊。つくも神だ。よろしく頼もう」

俺は今、いったいどこにいるのだろう。というか夢でも見てるのだろうか。仁王立ちしている少女は今はっきりとつくも神、と言った。

三日月紫苑に視線で助けを求めてみたものの、目をそらされた。

「それよりも雲母、モンブランだ。モンブランがないのだ」
「大丈夫です、ちゃんとありますから。まあ、彼も混乱しているようですし、一度お茶にでもしましょう。薊、手伝ってください」
「承知した!」

幸い、雲母に今の俺の状態は伝わっているようだった。二人は扉の向こうに去り、穏やかな日差しが差し込む部屋に、三日月紫苑と残される。

「なあ、お前、なんかすごいのと住んでるんだな……」
このいかんともしがたい気持ちをすこしでも吐露したいと、無視されること覚悟で話しかける。

三日月紫苑は、一瞬だけこちらを見てから、ため息をついた。

「ジジィが悪趣味なんだ」
返ってきたことばの、意味はさっぱりわからない。ただ返事があっただけありがたい。

「そうか、大変だな」
俺自身もわけのわからない相槌をうって返す。

数秒後、ふたり同時にため息をついたのが、なんだか印象深かった。