手がぬっと伸びてきて、振り払おうとした途端、足の力が抜ける。身体が倒れ、転んでしまう!と目を固く瞑った。

鈴音は転倒する衝撃に備えたけれど、想像とは違って軽い痛みで済んだ。
それは、通行人にぶつかったせいだ。

「あっ……」

爽やかなオリエンタル系の香り。そんなことを一瞬感じたが、今はそれどころではない。
鈴音は振り返って顔を上げる。ぶつかった相手は、百八十センチはありそうな、スタイルのいい男性だ。

男は、ぶつかってきておいて謝罪もない鈴音に険しい表情を見せる。が、すぐに、異常な空気に気がついた。
鈴音が、混乱していてなにも話せず、ただ追い込まれた表情で懇願するように目で男に助けを訴えたからだ。

そのとき、こんな状況にも関わらず、鈴音は『あれ?』と思う。

暫し、無言で視線を交錯させる。そこに、山内が割って入ろうとした。

「あ、すみません。彼女とちょっとした言い合いを」

山内がさらりと嘘を口にすると、鈴音はやっとの思いで首を横に振る。無意識に、背の高い男のスーツにしがみついた。
次の瞬間、鈴音は目を見開く。

「遅かったな。いつも待つのはオレのほうだ。どれだけ、オレを夢中にさせたら気が済むんだ?」

 艶っぽい瞳で甘い言葉を囁き、腰を引き寄せられる。軽く身体をだきよせられ、耳元に唇を寄せられた。
 びっくりして硬直する鈴音に、男は小声で「名前は?」と尋ねる。

「す、鈴音……」

 震える声でぽつりと答え、男の腕に身を任せる。

「鈴音がなにか失礼なことでも? でしたら、わたしが代わりにお詫びします」
「えっ。あ、いや」

 男に向き合われた山内は、狼狽えるだけでなにも言えずにいた。