一か月前まで記憶を辿る。言われてみれば、確かにそんなこともあったかなと微かに思い出す程度で、それこそ日記につけることもないくらいの些細な出来事だった。

(だいたい、この人だった? 記憶とはちょっと違うような……)

怪訝な目で山内を窺う。

「誰かと間違えてませんか……? 確か、私はメガネを掛けた、髪が長めの」
「覚えていてくれたんだね! それが僕。この一か月、鈴音ちゃんをずっと見ていて。同じフロアの店員との会話を聞いて、コンタクトにして髪も切ったんだ」
「話……?」
「ほかの店員がお客さんを見て、『あんな爽やかな人と巡り合いたい』って言ったら、君も頷いていたから」

鈴音は、いっそう深い皺を眉間に刻む。

(それは、梨々花(りりか)の話をただ『はいはい』っていう感じで聞いていただけだ。というよりも、そんな会話まで聞かれていたなんて)

本来いけないことだが、業務中に友人の梨々花とほんの数分話をしたりする。その一瞬のときを言っているのだと気づくと、ぞわっと背筋が凍った。

「少しでも理想に近付いてから声を掛けようと思って。この服も、好きそうかなぁとか色々頑張っていたんだよ。だから、その記念すべき日が今日ってわけ」

山内は嬉々として説明する。
短く整えられた髪。黒のジャケットに白いシャツは見覚えがある。
梨々花の店の商品だ。

(この人、ダメだ。私ひとりじゃ、対処しきれない!)

なんとか後退るものの、駆け出して逃げるまでには至らない。山内の話や考え方が、あまりの衝撃で足が竦んでしまったのだ。

すると、どんどん距離が近くなってきて戦慄する。

「立ち仕事だから、こんなところで話していたら疲れるよね? どこに行こうか? あ、韓国料理が好きなんだっけ? これから一緒に食べにいく?」
「……や」
「鈴音ちゃん?」
「いやっ……!」