そうして、社員用玄関から出てすぐ周りを警戒する。

一つ目の角を曲がろうとしたところで、背後から声を掛けられた。

「鈴音ちゃん」
「ひっ」

恐る恐る後方を確認すると、やはりさっきの男だ。
心の準備はしていたつもりでも、平静を保つには無理がある。

鈴音の心臓は、ここ最近ないくらいに早鐘を打ち、うまく息が吐けない。大きく肩を上げたまま、恐ろしいものでも見るような目を向ける。

「あ、驚かせちゃったね。ごめん」

鈴音の強張った表情を見ても、男はまったく気にせず、朗らかに笑う。

「ああ、自己紹介していなかった。山内康介(やまうちこうすけ)。『康介』って呼んでくれていいから」

聞いてもいない名前を告げられ、嫌悪感しか抱かない。

恐怖心はもちろんあるが、ここで怯んでは相手の思うつぼ。もっと、毅然とした態度でハッキリ意を示さなければ、と手を握る。

「いえ。そうじゃなくて、なんでこんなことをするんですか。迷惑です」
「一か月前くらいにね。この館内で具合悪くて蹲っていたときに、鈴音ちゃんが助けてくれて」

仕事中とは百八十度違う、冷ややかな視線と低い声を出したつもり。
それにも関わらず、山内はマイペース。気持ちが通じなくて、若干苛立つほどだ。

「覚えていない?」

そう言って、また一歩近づいてくる。