忍の妻となるから大事に扱われているのだと気づくと、ますます申し訳なく思う。

本当は〝ふり〟なだけで、そんなふうに対応してもらう義理などないのだと説明したかったくらいだが、忍との契約上、勝手な発言はご法度だと慌てて口を噤んだ。

鈴音がしどろもどろとしていると、柳多はくすりと笑う。

「いえ。すみません。そうですよね。つい先日まで、こんなことになるとは思っていなかったのですから。扱われ方に戸惑っても当然です」

鈴音は柳多の言葉に目を瞬かせ、忍が言っていたことを思い出した。

(よくよく考えたら、黒瀧さんは私のことを秘書に調べてもらったというようなこと言ってた。きっと、それがこの人なんだ)

頭の中で一致した。その視線を受けた柳多が、鈴音の考えを察した。
少し前屈みになり、鈴音の耳元に口を寄せると声を落とす。

「ご想像通りですよ。私はすべて存じ上げております。そして、ほかの人間は、一切このことを知らない」

優しい口調と声色は、さっきと変わらないはず。しかし、淡々と抑揚のない声に、鈴音は窺うような視線を向けた。

(もしかして、今回の話を簡単に受けたと思って、私を軽蔑している……? それとも、邪魔だと思っていたり……)

将来のローレンス社を担う相手だ。本来ならば、相応しい女性をエスコートしたいところだったかもしれない。
鈴音はそんな考えが頭を過り、顔を強張らせた。

しかし、柳多は鈴音が思っていたようなことを考えてはいないようだった。
ふっと口元を緩め、ジッと見つめて言う。

「心配しなくても、私は彼の味方で、あなたの協力者だよ」

突然、柳多の話し方が変わった。つい今までは、鈴音にとっては仰々しいくらいの言葉遣いだったが、一変した。
くだけた口調は、明らかに自分よりも年上の柳多が相手だから、正直その方が気が楽で、ほっとした。

(第一、結婚相手かもしれないけれど、やっぱり〝ふり〟なわけだし)

小さく息を吐いて、改めて柳多を見る。

「とりあえず、乗って。今日は副社長に頼まれたことをしなければならないから」

柳多に促され、素直に後部座席へ乗り込む。柳多が運転席に座ると、行き先を告げる前に出発した。