「あんまり諦めが悪いと、気がついたときには取調室にいるかもしれないぞ」

忍のひとことで、山内はすぐにその場から走り去る。
鈴音は、今さら周りの人の好奇な目に気づき、深く俯いた。

「鈴音。どうした? なにかされたのか?」

両肩に手を置かれ、顔を覗き込まれる。鈴音は、忍との距離が近くなると、さっきキスした実感が湧いてきて余計に頭を上げられない。

下を向いたまま、途切れ途切れに言葉を発する。

「私は、なにも……。ただ、その……こんなこと、す、スキャンダルに」

キスした事実も、周囲の視線も心臓に悪い。

鈴音が震える声で言うと、忍は終始変わらない落ち着きよう。店内の客など気にすることもなく、しれっと返す。

「婚約中。べつに問題ない」
「こっ、婚約って」

慌てて顔を上げた瞬間、忍がずいと顔を近づけた。

「二度も助けた。だったら、一度くらい、オレを助けてくれてもいいんじゃない?」

正論を突きつけられ、鈴音はなにも言えなくなった。
さらに、精悍な目を間近で向けられているのだから余計だ。

「今、頷けば、もれなく今後も守ってやるよ」

そして、勝気な笑みを浮かべ、鈴音を追い込む。

鈴音は忍への恩と、笑顔の気迫に負け、小さく頷く。それを見た忍は、ニッと口角を上げ、鈴音の頭に手を置いた。

「契約成立。これから、よろしく」

忍は右手を差し出し、鈴音が時間差でそろりと手を伸ばすと、そのまま包み込むように手を握る。
鈴音は手を繋がれてカフェを出ながら、忍の横顔を見上げた。

(さっき、また、キスされるかと思った……)

ドキドキと胸が高鳴る理由は、いったいどれが原因なのか特定が難しい。

ただ、鈴音は忍の温もりを感じ、今日の日記はひとことでは済みそうにないな、などと考えて歩いていた。