契約婚で嫁いだら、愛され妻になりました

それは昨日行われたローレンスの新作発表のときの動画だ。

取材のため集まった記者が、忍へ質問する。

『黒瀧副社長は、これらの新作をどなたに贈りたいですか?』

テレビではよく見かける光景だ。
ちょっと色めくような質問を吹っ掛け、ニュースにする。

そんな質問を浴びせられている画面の中の忍を見て、鈴音は思う。

(こんなこと忍さんに聞いたって、期待しているような返答はしないよ)

鈴音の予想には自信があった。
忍がリップサービスなんてあり得ないはずだ、と。

次の瞬間、スピーカーから聞こえてくる。

『初めて振り向かせたいと思った女性がいるので、早くその彼女にこれを贈りたい。〝ずっと一緒にいてほしい〟という気持ちを込めて』

特に営業スマイルのようなものは見せなかったが、そのぶん、真面目な顔は真剣さが滲み出ていた。

【DEAR】という新作シリーズ名が書かれたパネルの前で、忍はハッキリとそう言っていた。

「……だからだったんだ」

動画を再生し終え、止まった画面を見つめたまま鈴音が漏らす。

「なにが?」
「いえ。伊豆で忍さんが登山客に声をかけられていたんです。『彼女に振り向いてもらえてよかったね』って」
「柳多。余計なことを」

鈴音は忍が再会した際に『メッセージが……』という話にもピンときて顔を上げた。
同時に、戻ってきた忍が鈴音の手から携帯を抜き取る。

「出過ぎた真似でしたか? でも、こんなこと以前の副社長なら絶対にしませんね」
「……先に会社に戻っていていい。すぐにオレも向かう」

柳多は焦りもせず、携帯を受け取ってポケットへしまった。

「わかりました。鈴音様、ではまた」

柳多はニコッと白い歯を見せ、爽やかに去っていく。

ふたりはロビーを抜け、エレベーターに乗った。