「大丈夫か」

空耳だと思った。
自分があまりに忍を思うあまり、幻聴が聞こえたのだ、と。

けれども、それにしてはあまりにリアル。

鈴音はやおら手を外し、ゆっくり上を向いていく。
目の前にだれかが立っている。わかっていても、それ以上視線を上にすることができない。

そのうち、相手が膝を折り、視線の高さを合わせた。

「こんなところにいられたら、オレのメッセージが届かなくて当然だな」

自嘲気味の笑いを零し、話をする声は心地よい音程で、どこか艶があって、容易に鈴音の動悸を呼び起こす。

片膝をついて手を差し伸べてくれる彼は……。

「し……のぶ……さん?」

――なぜ。

頭の中で思った後は、もうなにも考えられない。

正面にはスーツ姿の忍がいた。
それは紛れもなく本物で、夢ではなかった。

少し疲れた顔でやや肩で息をし、綺麗に手入れされている革靴を泥で汚している。
どれをとっても忍とはミスマッチで、呆然と見つめ続ける。

「まだ足が痛むのか?」
「どうしてここが……。その格好、仕事じゃないんですか?」

瞳を揺らし、かすれ声で尋ねる。
忍はしれっとした様子で、表情も乱さず鈴音の足を診ていた。

睫毛を伏せる忍を間近で見つめ、もうひとたび口を開く。

「メッセージって……なんですか?」