電車に乗り、出発してから約二時間経ち、修善寺駅に到着した。
そこから次はバスに乗る。

『よくひとりで旅行されるんですか?』

車窓を眺めつつ、宿泊していた旅館の仲居との会話を思い返す。

鈴音は質問に対し、『少しひとりでゆっくり考え事をしたくて』と答えると、母世代の仲居はにこりと柔らかく微笑んで言った。

『ひとりでゆっくりとしたいんでしたら、西伊豆はおすすめですよ。特に私は達磨山から見る富士山の景色が好きですねぇ。お時間があるならぜひ』

そんな他愛ない会話だったが、興味を引かれて今、達磨山へ向かっている。

(優しい人だったな。見た目は綺麗で、ちょっと忍さんのお母さんに似ていたかも)

ほんの少ししか顔を合わせたことのない忍の母。
けれど、穏やかな雰囲気を纏っていた忍の母は、意外でとても印象的だった。

(忍さんは、お母さん似かも)

流れる景色を瞳に映しているのに、鈴音が見ているのは忍の残像だ。
無意識に忍を思い浮かべ、記憶している彼の一挙一動に頬が緩む。

三十分ほどでバスを降り、すぐ登山口を見つけると迷わず足を進めた。

今日は東京に戻る日。時間が限られていることを仲居に説明したら、戸田峠という近い場所から達磨山に登ることを勧めてくれた。

登山を始め、天然のアセビが広がる珍しい風景を目にしながら山道を歩き続ける。

距離的には近いが、峠というだけあって傾斜のアップダウンが激しく、八割登るかどうかのところで少し疲れが出て来た。

少し荷物が多いのと、足がやや痛みをぶり返しはじめたせいだ。

明らかにスピードダウンしていたが、ここまできて引き返すということはまったく頭になかった。

この三日間、ずっと忍のこと心にあって、考えないようにしていても考えてしまっていた。
しかし、山を登っている間だけ忘れられた。

笹の間に綺麗な道が作られている。そこを登っていくとついに達磨山の山頂に到着する。