「今日も波が穏やかだなあ」

そして今、瞳を虚ろにして景色を眺める。

伊豆で観光したものどれをとっても忍のイメージとはかけ離れていて、本当に伊豆に来るつもりだったのか、と不意に笑いを零した。

傷心旅行だなんて、そんな大層なものとは言えないけれど、鈴音はこの伊豆にすべての思いを置いて東京に帰ろうとしていた。

「……よし!」

鈴音は海に向かって呟き、踵を返す。

着替えを済ませ、化粧も終えると大きめのトートバッグにポーチや小物をしまう。

荷物はほとんどマンションに置いてきてしまった。
いくら物が少ないとはいえ、短時間ですべてを持って飛び出すには無理があった。

状況と自分の気持ちが落ち付いてからでいい。
そのあとで、仕事のない日に自分で取りに行くか、最悪柳多にお願いして送ってもらえば済むと考えた。

テーブルの上に置いたままだった携帯と手帳を手に取る。

あの日から、携帯は怖くて電源を切ってある。

「あ。電車何時だったかな」

携帯を使っていないぶん、手帳が活躍する。

鈴音は旅館の人から事前に聞いてあった、電車の時刻や道筋をメモしたページを探す。
いつもなら、なにか書きとめる時はメモのリフィルを使うが、忍への書き置きが最後の一枚でなくなってしまった。

「あ、あった。九時二十五分が良さそう」

適当なページに走り書きした文字を見つけ、手帳を閉じる際に日記の部分が開いた。
昨夜書いたところだ。

【伊豆二日目。明日、私は東京へ帰る】

淡々とした文章は、自分へのメッセージでもある。

鈴音は手帳から目を背け、パタンと閉じてカバンに入れた。