「形だけの奥様に咎められるとは」
「形だけと言われようと、偽物と言われようと、私は今、忍さんの妻である事実は変わりません」

自分の行動が正解なのかはわからない。
けれど、今の柳多はどこか嫌な感じしかなく、その直感に従うしかない。

忍の仕事への思いを守りたい一心で。

「経緯はどうあれ、私たちは夫婦です。私はあの人を守る義務と権利がある」

柳多は凛然とし、力強い瞳を見せる鈴音に、ほんの一瞬圧倒された。
だが、すぐに形勢を戻し、片側の口端を僅かに上げる。

「僕が彼に害を加えるとでも?」

呆れ声で言われても、鈴音は疑いの眼差しを向け続ける。
彼の緩い雰囲気はこれまでと同じ。それでも、今日はやっぱりどこか違う。

「……わかりません。だけど、違うとも言い切れない気がするので」

鈴音が警戒心を露わにしても、柳多は笑みを浮かべたまま変わらない。
もう一度エレベーターのボタンを押し、鈴音を振り返って言った。

「彼もずいぶん頼もしいパートナーを選んだものだ。そのせいで腑抜けにならないことを祈るよ」

柳多と話していて、鈴音は思う。

もしかして、忍の目指している結果は柳多にもなにかしら影響することなのではないか、と。
彼の言動は、そう考えるのが自然だ。ただ詳細はさすがにわからない。

エレベーターがやってきて、柳多はゆっくり背を向けた。
鈴音はその背中に一歩近づき、口を開く。

「ありえませんよ。そんなこと。私(妻)の存在なんて関係なくしても、忍さんの意志は、たくさんの人に支持される。いずれは頂点に立てると信じています」

エレベーターに乗り込み、再び振り返った柳多の顔からは笑みが消えていた。