忍は玄関の電気を点け、鈴音の姿を確認すると、靴も脱がずに返答を待つ。

「あ……その、なかなか寝付けなくて水を飲みに……」

 鈴音は肩を上げたままの状態で、目を瞬かせながらぽつりと答えた。しかし、口に出した直後、『しまった』と後悔する。
 寝付けないだなんて言えば、理由を色々と探られてしまうかもと思ったのだ。

「そう。それで、もう眠れそうなのか?」

 けれど、忍は特に詮索するようなことは言わなかった。
 靴を脱ぎ、近づいてくる忍をまともに見れなくて、俯きながら呟いた。

「……大丈夫です」

 変な間ができてしまったことと、目を見て言えなかったことに気まずさを抱える。
 忍が足を止めて鈴音を見つめる。

 忍は絶対になにか違和感を抱いたのだと思うと、余計に顔を上げられない。

「もしまだ眠れそうもないなら、今日の話を聞かせてくれ」
「今日の、話……?」

 予想外に優しい声色で言われたことに、きょとんとした。
 『今日の話』と聞くと、一番に頭に浮かんだのは星羅と柳多のことだった。

 忍は狼狽する鈴音に、ネクタイを緩めながらさらに言った。

「デリエに行ったんだろう?」
「はっ、はい」

 鈴音は忍が考えて言ったことと別のことを思い浮かべた自分に動転する。
 すっかり目も覚め、姿勢を正して返事をすると、忍が不意に笑った。

「まるでオレを見た新入社員の反応だな」

 楽し気に目尻を下げる忍に鼓動が速くなる。

 このまま忍を見つめていれば、本心に気づかれるかもしれない。

 鈴音は悟られることを懸念し、顔を逸らした。

「じゃ、じゃあ、もらった資料を今持ってきます」
「オレは先にシャワーだけ浴びさせてもらう。リビングで待ってろ」

 すれ違いざまにネクタイをシュッと取って、ボタンを外す忍にどぎまぎする。
 鈴音は「わかりました」と平静を装って返すと、忍と距離を開けて部屋に一度戻った。