契約婚で嫁いだら、愛され妻になりました

 今日話していた内容を順に頭の中で追っていたせいで、咄嗟に結婚指輪の話題を出しかけた。

 鈴音にとってはうれしい話だった。でも、冷静に考えると指輪を贈ってくれた本人に裏話を改めて聞き出すものではないだろうと口を噤んだ。

 しかし、はっきり『指輪』と発言してしまったあとだ。もちろん、忍の耳にも届いている。

「なに?」

 さっきまで横顔しか見られなかった忍の顔が、正面を向いている。
 鈴音はパッと視線を外し、もごもごと言い淀む。

「いえ、その……」

 忍の視線は目を合わせなくとも肌で感じられる。
 鈴音は覚悟を決め、続きを口にした。

「この指輪、忍さんが買いに行ってくれたと聞いて……わざわざ、本当に?」

 どんな反応が返ってくるのだろうか。

 鈴音の心臓はうるさいくらいに騒いでいた。

(私はいったいどんな言葉を期待しているの?)

 自分でもどんなふうに言ってもらいたいのかわからない。
 落ち着かない気持ちで忍の言葉を待っていると、ついに彼の唇が開いた。

「まあ、一応……。茶番に付き合ってもらっている、せめてもの気持ちというか。最低限の礼儀だろうと思って」

 いつも表情を崩さず、目を見て話す忍が視線を落とした。

 少なからず、指輪については感情の変化はあるのだとわかると、鈴音はどうしようもなく喜びを感じた。そして、自分の気持ちを自覚する。

 鈴音が逸る鼓動を抑えようと密かに呼吸を整えていると、突然忍が言う。

「じゃあ、今夜決めるか」
「えっ。な、なにを?」

 どぎまぎとして返した声がやや裏返る。鈴音は顔を赤くして俯いた。

「式場」
「あ、ああ……」

 あっさりとした声で言われた単語に、鈴音の熱がすっと冷めていく。

 隅に置いてある指輪を見て、浮ついた心を戒めた。