契約婚で嫁いだら、愛され妻になりました

 柳多に訊ねるような人と言えば……。

 そう考えた時に、鈴音の脳裏に浮かんだのは忍の母だった。

(まさか)

 鈴音が狼狽するも、電話では柳多にその様子は伝わらない。

『こちらの都合で急いでいたとはいえ、考えが及ばず申し訳ありませんでした』
「あの、それって……」
『今、その方と電話を代わります』

 鈴音が震えそうな声で問い掛けたところで、柳多は一方的に電話を交代すると宣言してしまった。
 鈴音の頭の中は真っ白。廊下の真ん中で姿勢を正し、全神経を右耳に集中させていた。

『もしもし。突然ごめんなさい。明理です』

 そして、聞こえてきた声と言葉にまた絶句する。

『さっきは驚かせてすみません。私が無理言って、鈴音さんの番号を柳多さんに教えてもらったんです』
「あ……明理さん? どうしたんですか?」
『今日はお休みですか?』

 まだ戸惑いが収まらず、心臓が跳ねる中質問したのに、明理が質問で返してくるからまた動揺する。

「え? あ、はい。そうですけれど……」

 一体、忍の妹である明理がなんの用だろうか。

 そればかり気になってしまって、聞かれたことにしか答えることができない。

『じゃあ、これからお会いできませんか?』
「ええっ? は、はあ……」

 明理に驚かされるばかりで、頭の中は混乱するばかり。
 鈴音がおろおろしている間にも、明理は話を進めていく。

『十二時頃に池袋はどうでしょうか。一緒にランチしましょう。あ、そうそう。すみませんが、このことは兄には秘密でお願いします。では、のちほど』

 スラスラと必要事項を伝えられ、合いの手も入れられなかった。
 鈴音は最後に「わかりました」というのが精いっぱいで、そのまま通話は終わってしまった。