約一時間後。すっかり熟睡していた鈴音が、夢で違和感を覚え、薄っすら瞳を開けた。
 一番に目に飛び込んだのは、忍の顔だった。けれど、いつもと角度が違う。

 直後、一気に目が覚め、頭を起こす。

「忍さん……? え? 帰っていたんですか? や、ていうかこれっ……」

 鈴音はパニックに陥る。真下から見上げる忍の顔。重力に逆らって浮いた身体、いつもよりも高い視界。

 不安定な体勢だけれど、忍に抱え上げられているため、立て直すこともできない。

「きみは、オレがいなくてもあんなふうに隅に丸まってるんだな」

 呆れ声で言う忍の表情は穏やかだ。
 鈴音はまだ混乱していて、なにを優先していいのか判断がつかない。

「えっ? だって……って、それよりも、傷がっ」

 とりあえず、忍の言葉に返事をしかけたが、自分を抱き上げて廊下に出た忍の状況を思い出しハッとした。 

 鈴音は無意識に忍の腕にしがみついていたが、ついこの間怪我をしたばかりということを思い出し、手をパッと離す。
 けれど、やっぱり慣れない体勢が不安で、再び手を戻した。

 忍は自分の腕の中でおろおろとする鈴音に、つらっとしてひとこと言う。

「そう思うなら暴れずにいてくれると助かるんだけど」

 鈴音は途端に大人しくなる。
 意識して慌てているのは自分だけだと思うと、いっそう恥ずかしい。

 忍の様子をちらりと窺っても、緊張している様子もない。単純に、眠ってしまった子どもを移動させているのと同じ感覚なのだろうと鈴音は思った。

 ほんの少し冷静さを取り戻した鈴音は、視線を泳がせぽつりと言った。

「お、下ろしてください……本当にすみません」
「床に下ろすよりベッドに下ろした方が傷に響きづらい」
「そっ、そんな」

 そうこうしているうちに、忍の寝室に辿り着く。
 ドアが既に開いていたところを見れば、初めからベッドに運んでくれるつもりでドアを開けてくれていたのだろうとわかる。

(だって、私が返ってきたときには閉まっていた)