「沢木、気をしっかり持て。いいか?先生が今から家まで送ってやるから、お前もすぐに仕度して向こうへ行くんだ。分かったか?ほら、じゃあ行くぞ!」
呆然と立ち尽くす俺に業を煮やして、担任が「早く!」と俺の手を引く。
俺はハッとして、荷物を手に取りその後を追い走った。
仁に、「誰にも言わないでくれ」と、言ってから…。
こんな時でも浮かんでくるのは、ただ一人。
せめて一目だけでも、ななに逢いたい。
でも、それは口には出せない願いだった。
キキーッ!
鋭いブレーキ音と共に玄関の前に車が停められる。
すぐにシートベルトを外して外に出ると、そこには心配そうなおばさんの顔があった。
多分、母さんから連絡があったんだろう。
「凌太くん、大丈夫?」
「…はい。あの…この事、ななには絶対に言わないでもらえませんか?」
「え…でも…」
「お願いします…っ!」
ぺこりと頭を下げると、おばさんは一つ溜息をついて「顔を上げて」と言って来た。
恐る恐る顔を上げると、困った顔をして腕を組みつつも、おばさんは「分かったわ」と承諾してくれる。
「ただし、ななから何か聞かれたら、その時は話すわよ?」
「…多分、それはない、と思います」
苦笑いは、ちゃんとおばさんに通じたろうか?
男の癖に何度も涙は流せないと思っているのに、このままじゃ泣き出しそうだ。



