「マルティナが父も一緒の妹ならばもう少し気を使うがな、生まれが複雑なだけに、あまり野心のある男にはやりたくない。トマスがだめならディルクかってところだな」

「……ディルク?」


予想外の名前が出てきて、エミーリアは小首をかしげる。

いつも冷静沈着、決して出しゃばらず、必要な手配だけはそつなく整える有能な従者を思い出し、そういえば彼もいい年ごろの男性だったと改めて思った。


「ディルクには恋人がいないの? あなたより年上でしたっけ」

「ああ。ディルクは俺の二歳上だな。あいつならば生まれ育ちは悪くない。爵位もうまくすれば復活させられる」

「え……?」


驚きで、エミーリアは動きを止めた。
フリードは苦笑すると、彼女の肩を抱いて一緒に部屋を出る。廊下には、部屋を片付けようと使用人が数人待ち構えていた。


「ディルクは貴族だったの?」

「ああ。領内の男爵家の嫡男だ。今は爵位をはく奪れている」

「え……」

「寝室で話そうか」


肩をぐいと抱かれてエミーリアはフリードの歩調に合わせて小走りになる。
爵位はく奪、という言葉は予想以上に重たくて、エミーリアはどんな顔をしていいのか分からなかった。
でもただの従者というには確かにディルクには生まれながらと思われる気品があった。

「メラニー、悪いけれどしばらくふたりきりにしてくれるかしら」

自室に戻ったエミーリアは、侍女のメラニーにそういい、しばらくの間人払いを頼んだ。