しかも、クラウスの用事などたいしたものではなかったのだ。
何事かと焦って東の宮を訪れたギュンターを、クラウスは満面の笑みで出迎え、新しい絵師を紹介した。
フィーベという名の、まだ若い蕾のような絵師だ。光と影の表現が秀逸で人物を入れ込んだ風景画を得意としている。年は二十五歳だといい、既に数人の画家の工房で修業を積んだらしい。親が芝居小屋を営んでおり、数年単位で場所を移動するような暮らしをしていたからだそうだ。
この絵が素晴らしいのだと熱弁し続ける三日間。
たしかに人物だけにスポットを当てるわけでもなく、まるで実物のような背景を描くその絵は素晴らしい。この腕前ならばいずれは王宮の壁画だって手掛けることができるだろうとも思う。
しかし、これが重大な相談だとはとても思えない。
世間話にしては長すぎるその話題に、流石にキレて帰ろうとしたところで、「実は公爵位をいただくことになってね」と真面目な相談をしてくる。
先にそれを言え、と喉元まで出かかった。
しかしその話も結論付けるならば大したものではなかったのだ。
「カぺルマン公爵位だそうだよ。どう思う? クラウス=カぺルマン。美しくないと思わないか」
「だったらどんな名前が良かったんだ」
「そうだなぁ。クラウゼとかどうだい。クラウス=クラウゼ。韻を踏んでいて良くはないかい?」
「悪くはないがカぺルマンよりいいという根拠としては弱いだろう。国王様が命じたのだから素直に受け取ればいいじゃないか」
「その、親に言われたから素直にってのが俺は好きじゃないんだよねー。それにさ、爵位継承に伴い妻も娶れと言うわけだよ。君が結婚してしまったから余計俺へのアタリがキツいんだよねー」
結局、クラウスの用事というのは、自由を奪われることに対しての愚痴を聞いてもらいたい、というもので、王子でなければ殴り飛ばしてやるところだとギュンターは拳を固く握りしめて堪え続けた。
そして、コルネリアが倒れた事を伝える伝令が来た時には、なんでこんなに長居をしてしまったのだとギュンターは激しく後悔したのだ。



