「ディルク!」

「……フリード、さま」


ディルクの顔は涙で濡れていた。膝をすりむいたのか、ズボンが切れていて血が出ている。二の腕のあたりも服が破れ、いくつか血痕が染みついている。


「ディルク、どうした。大丈夫か」

「……母が」


いつも冷静で落ち着いた少年だったディルクが、あり得ないほど体を震わせている。


「母が、妹を殺して自殺しました。……心中です」


手や顔にこびりついた血痕。
爵位を奪われたドーレ家で行われた惨劇に、ディルクも関わらないはずがない。


「お前は大丈夫なのか。怪我は」

「僕は……悲鳴が聞こえて母の部屋に行ったら、胸を刺された妹がいて。……僕は、死にたくなかった。母を突き飛ばし、逃げた。すがるように、僕に最後の手段だからとそういった母を、僕は見捨てたんだ……! そうしたら断末魔のような叫びが聞こえて。戻ってみたら……母は首をつっていた」


目撃したであろう情景は、フリードには想像もできなかった。
震えるディルクを抱きしめて、自分も震えることしかできない。


「大丈夫だ。大丈夫だディルク」


根拠もない言葉をかけることしかできなくて、フリードは悔しくて泣きたくなる。


「大丈夫だ」


何がだ。少しも大丈夫なんかじゃない。
ディルクは父親が捕まり、母と妹を失ったんだ。

何の力もない。こんな風になる前になぜディルクを救うことができなかったんだ。


「大丈夫っ……」


吐き気がするほど嫌な言葉を繰り返しつぶやいて、フリードは泣きながらディルクを抱きしめた。

力が欲しい。大切な人を守るだけの力。
大事な親友なのに。こんなにズタボロになるまで何もしてやれないなんて、もうたくさんだ。