「……ディルクにとって、この屋敷にいることが幸せだと思うかい? ドーレ家の爵位はく奪を王家に進言したのはおばあ様だ。確かに事故を起こしたのはドーレ男爵だが、爵位をはく奪されるほどのものだったかは怪しい。ディルクにとってはうちは憎らしい相手だろう。いくらお前が純真な好意をもってディルクを迎え入れたとしても、ここにいることはディルクにとっては針の筵だ。まして、彼にはもう継ぐべき爵位は残されていない。使用人として雇うということになるんだぞ?」
それは、十二歳のフリードには想像できないことだった。
自分はディルクを大切な友達だと思っている。なのになぜ、使用人にしなければならないのか。友人としてここに置くことはできないのか。
そう訴えても、父親は申し訳なさそうに首を振るだけだ。
「……もういいっ」
フリードは、そのまま屋敷を飛び出した。
彼付きの従者や、家庭教師が追って来る。けれど、フリードは彼をまくように屋敷と庭をらせん状に巡り、厩舎に駆け込むと自らの馬に乗り込んだ。
「フリード様、お待ちください!」
「嫌だ。俺は自分で確かめる」
自暴自棄になっていた。
伯爵家の跡取り息子と言われてもてはやされたところで、この手では、友人ひとり守れないのだ。
自分を守ってくれているはずの肩書が、重い枷のように感じて、それを振り払いたくてフリードはただ馬を走らせた。
やがてドーレ男爵領というところで、フリードは人影を見つける。
ふらふらと歩き、時々膝をつくくらい疲弊しているのに、歩みは止めない。
それがディルク本人だと気づいて、フリードは慌てて馬の脚を緩めた。



