この頃には、ディルクはクレムラート邸に一室を与えられていた。
父男爵が自分の屋敷に戻っている間も、ディルクは大抵フリードの傍にいた。自分の家族と過ごす時間より、フリードといる時間のほうが長かっただろう。
ディルクが泊まる日、フリードは必ずディルクの部屋にもぐりこんだ。
窓から差し込む月明かりだけで、ほかに明かりはつけない。隠れ家的な雰囲気が緊張をほぐしてくれ、大人には言えない不満を口に出すことができた。
「父上は今日も狩りに行ったらしい。確かに領主はおじい様だが、だからと言って父上が遊んでいてもかまわないということじゃないと思うんだが」
「フリード様は真面目ですね。でもお父上は遊んでいるわけはないかもしれませんよ」
「どういう意味だよ」
「クレムラート領は豊かで、統計だけで見れば何の問題もなさそうですけれど、机に座っているだけでは見えないこともあります。ご当主も時折視察に行かれるでしょう。きっと、お父上なりに民に気を配っているんですよ」
「そうかな」
「そうですよ。まあ、行きすぎな気は確かにしますけどね」
「だよなー」
ディルクは絶対にフリードの家族を否定するようなことは言わなかった。
それは、息子同然に教育を施してくれた恩義を感じていたからかもしれないが、フリードにとってはそこもディルクを傍に置きたいと思うところだった。
家族に不満はあっても、嫌いなわけではない。自分がけなすのはいいが、他人からけなされるのは不愉快だった。
実際、使用人の中には、陰で父の無能ぶりを笑う人もいて、フリードは悔しい思いをしたことがある。
ディルクといると、心地よかった。
フリードをかまう余裕のない家族も、彼がいればフリードが落ち着いていることが分かっていたので、ディルクが自分の屋敷に戻ろうとするとみんなが躍起になって引き留めた。
ディルクが自分の屋敷で過ごしたのは年に数回くらいだっただろう。



