「なんかわかんねーけど、おまえが泣いたり、傷ついた顔してんのは見てたくない」

ハッキリとそう告げた久遠さんが、私の着ていたブラウスの裾から手をさしいれる。

そのままスルスルと上がってきた手に、下着の上から胸に触れられたけど……抵抗しようとは思わなかった。

「……ん」

胸の上に手を置いたまま、触れるだけじゃないキスをされ目をつぶる。

重なる舌はやっぱり優しくて……壊れ物でも扱うような行為に、なんでだか、収まったはずの涙が瞼の裏に滲みそうだった。

ゆっくりと時間をかけてキスをした久遠さんが離れ、私をじっと見下ろす。

いつかみたいに、冷めた表情と、瞳の奥の熱がアンバランスで……でも、そこに私の体温が上がったのがわかった。

「死にたくなるくらい惨めな過去だったとしても、今はそう悪くはねーだろ。久遠財閥の御曹司に抱かれてんだから」
「……そこまで惨めじゃないです」

じっと見上げたまま口ごたえした私を、久遠さんは小さく笑って。

「昔の男じゃなくて俺のこと見てろ」

もう一度唇が重なる直前、そう言った。

たぶん、それは独占欲とかそんな色っぽいものじゃなくて、こどもが抱くようなわがままに近いと思うのだけど。

どうしょうもない過去の沼に落ちてしまいそうだった私を救う言葉に思えた。

仕事で来ているっていうのに、こんな人でなしの久遠さんに慰められてしまうなんて……便利屋失格だな、と溶けだした頭のどこかで思った。