「俺もさっき戻ったところ。金融部門関係との会食だったんだけど、帰りがけに来年からのベースアップの話出されたから、その確認してて忘れてた」

しゅっと首から抜き取ったネクタイを持った久遠さんが立ちあがる。

そして、洗面所にでも向かおうとしているのか、こちらに歩いてきてすれ違い……そこで、あれ?と引っ掛かり、久遠さんの後ろ姿を振り返る。

「その香り、どうしたんですか?」

久遠さんは香水をつけない。

でも今はなにかの香りをまとっていて……しかもそれが、私の知っているような女性向けの香水の匂いで、気になってしまう。

「香り?」

久遠さんは身に覚えがないのか、腕まくりしているYシャツの二の腕のあたりに鼻をつけ嗅ぎ……首を傾げた。

「会食で移ったのかもな。女性管理職もいたから。……そんなキツいか?」
「あ、いえ。少し気になっただけなので」
「どっちみち風呂入るし、それでとれるだろ。俺が先な」
「はい。ごゆっくり」

久遠さんがパタンとドアを閉めたのを見てから、寝室に入り、キャミワンピを脱ぐ。

久遠さんがお風呂を出るまでだとしても、この格好のまま部屋にいるのも落ち着かないし、とTシャツとショートパンツに着替える。

それから、パジャマ代わりに着ているスウェットを取り出し、クローゼットを閉めた。