「放っておけば乾く」
「……まぁ、いつかは乾くでしょうけど」

まさかそれを待つつもりなのか……と呆れ、洗面所に向かう。

男性ならドライヤーなんて使わないのかもしれないけど、つい先日熱を出したばかりなんだからもう少し気を遣ってほしい。

洗面所の鏡の裏の棚からワインレッドの色をしたドライヤーを持ってきて、リビングのコンセントに挿す。

それから「久遠さん。ここ」と床をトントン叩いて呼ぶと、一瞬、嫌そうな顔をされたけれど諦めたのか、私の前に背中を向けて胡坐をかいた。

「面倒くせー」
「面倒くさいのは私です。久遠さん、座ってるだけじゃないですか」

立膝になり、ブオーッと勢いよく出る温風を、髪にあて乾かしていく。

私のよりも少し太くてサラサラとしている髪に手を差し込み、少量ずつすくいドライヤーをあてる。

久遠さんは、うなだれるように背中を丸めて、大人しくしていた。

普段、ツンツンしているくせに私が何かを言えば文句を言いながらもその通りにしてくれる。
嫌そうな顔はするのに、本気で抵抗はしない。

最初に感じていた壁みたいなものも、今はだいぶ薄くなった気がする。

なんだか、懐かないって有名な猫を手懐けた気分だなぁ……と、ドライヤーの温風に吹かれている久遠さんの黒髪を見ながら、ふふっと笑みがもれた。