ようやく自分の傍に戻ってきた新條。

だけど、なんだか前みたいなすんなりとした会話は出来ていなかった。


「しーんじょ。お昼食べる?」

「んー…」

「しんじょー?帰ろ?」

「んー…」



ほら。

全然上の空。

今も、授業なんてとっくに終ったって言うのに、教科書を台にして頬杖をついてる。

消されていく黒板の文字を眺めながら。


「…しーんじょ?聞こえてる?」

「んー…って、うわ!あ、あやちゃん?!いきなり顔近っ!」

「いきなりじゃないよ。ずっと何回も呼んでたんだよ?無視するなんてひどいなぁ、しんじょーは」

「う…。ごめんね?あやちゃん…」


しゅんとする新條がかわいくて。


「怒ってないよ」


と、頭をぽんぽんと撫でた。

それに対して、「えへへ」と笑うこの女王様は。

「あやちゃんは、やっぱり優しいね…」

なんて、更に続けて微笑み返して来るんだ。


ほんとにもう。

余裕なんかないんだけどね?

うっかりしたら、その細い体を引き寄せて、抱きしめてキスして、この腕の中に閉じ込めそうで…。



「うーん…」

「あやちゃん?」

「いや、なんでもないよ?」


にっこり返して、痛むこめかみを押さえた。


本当はね、怖がらせないように。

傷付けないように。

全身全霊で守ってあげたい。

好きでありたい。


だけど。

実際は、そんな風に上手くはいかなくて…。


『余裕を持ってキミを包み込む』


そんなことが本当に出来たらいいのに。

キミはどこまでも自由で美しいから…。

気付くと身動きが出来ないくらいに、囚われている。


完全にオレの負けだと。

最初から分かっていたけど…。


「あーやーちゃーん!」

「はいはい」


その声を聞く度にオレは怖くなる。

他の男に呼び出される度に胸がジリジリとして。

オレ以外の子と話してるだけでも、イライラして。


子供じみた独占欲。


あぁ、神様。

このオレに、今すぐ「大人の余裕」ってヤツを授けてください。

出来れば…。



あの子がオレに惚れちゃうくらい強力なヤツを。


何回スルーされても。

オレは新條が好きだから。

フラれるのを覚悟で告ってみようかとも思うけれど。


「ムリ」



その一言が聞きたくなくて、オレは今日も新條曰く「ひょうひょう」とした顔で授業を受ける。

同じ並びで四列先の、新條の視線を感じながら。


その視線のイミは何?

期待してもいいの?

だけど、新條はそれ以外何も変わらない。

時折、何か言いたげな顔をするけど、それはいつも言葉にはならず…。

オレの神経をモヤモヤさせる。