女性は甘えた声を出しライアを上目遣いで見つめた。するとライアは先程とは別人の様な甘い笑顔を女性に向けてゆっくりと腕を(ほど)くと椅子に座り直した。

「勿論良いよ。でも急に腕を引いたら危ないって。どこもぶつけたりしなかった? ティルダたちに怪我でもさせたら申し訳ないじゃあ済まないし」

「…っ!」

「あぁん。だったらライアに責任取って貰うからぁ」

「はは、手加減してくれって」

 この一連の流れを目の当たりにしたスズランは謎の不快感に襲われた。またもや出どころの分からないもやもやとした気持ちが胸に広がってゆく。

「あら、スズランちゃんどうしたの? 怖い顔しちゃって」

「え! あ、いえ。少々お待ちくださいね!!」

 不思議そうな顔のエリィにそう指摘されて逃げる様に厨房へと駆け込む。丁度そこへセィシェルが戻ってきた。

「おう。何人かお客呼び込んで来たぜ。注文よろしくな…って何かあったのか?」

「別に…」

「じゃあそのふくれっ面は何だよ、怒ってるのか?」

「ちがうもん。あ、でもセィシェルが言ってた危ないって意味。少しだけ分かったかも…」

「はあ?」

 首を傾げるセィシェルをよそにスズランは眉間にしわを作った。こちらにはにこりともせず硬い表情だったにも関わらず、あの魅惑的な女性たちには甘く蕩ける笑顔を向けたライア。女性への対応もとても手馴れており、その事にとてつもなく衝撃を受けた。心に無数の棘が刺さった様な、何とも形容し難い気持ちになる。

「何なのあの人…!」

 苦し紛れにそんな言葉が飛び出す。何をされた訳でもないのに無性に腹立たしかった。
 この感情の名を、スズランはまだ知らないのであった。