闇に鈍く灯るカンテラ。

 深い榛摺色(はりずりいろ)の髪を揺らして一通り哄笑したハリは漸くこちらへと目を向けた。
 切れ長で闇夜の様な漆黒の瞳を細め、口元には薄らと笑みを浮かべている。
 
「ふ…。おかしいと思ったんだ。最近夢見も悪いし、頭痛もやけに頻繁に起こると思ってたら…。こんなに近くに潜んでいたなんてね、共鳴する訳だよ。ねぇ、裏切り者の鈴蘭(スズラン)───」

「……裏切り、者…?」

「ああ、何も覚えていないんだっけ。まあ僕だってこんな〝記憶〟いらないけど。君みたいに都合良く嫌な事だけを忘れられたらそれが一番。鈴蘭もそう思うだろう?」

 何を言っているのか、何が起きているのか。目の前の危うげな人物、ハリが何をしにやってきたのかすら分からなかったが、投げかけられた問に同意出来ずスズランは口を開いて反論した。

「そんな事……ない…っ! わたしは、どんなに嫌だった事も辛い事も…、無理に忘れたいとは思わない…」

「は? 何で…?」

「っ…今まで、起きたぜんぶの出来事を覚えておくなんて無理だけど、でも。良かった事も、悪かった事も同じように抱えて……少しづつ今の自分になったと思うから…っ」

「……へえ。それで?」