薄暗い部屋で着替え、洗面台の電気だけつけて顔を洗った。
鏡に映る顔はむくんでひどい状態だけど、失恋直後にしてはスッキリしているように見える。

私、何やってるんだろう?

武と別れたことは仕方ない。
武とは、きっと遅かれ早かれ(いや、もう十分に遅い)別れることになっただろう。
好きだったけど、今はまだ悲しいけれど、それでもつとめて冷静な判断を下すなら、結婚する前でよかった。

問題はその後だ。
あれは、本当にあったことなのだろうか。
出会ってまもなく付き合ってください、なんて。

顔を拭いてリビングに戻り、さっき放り投げた携帯を再び開く。
そこにはやはり、

『無事に家には着きましたか?』

『たった今着きました』

『ゆっくり休んでください』

というやりとりが残っていた。
もう随分昔のこと過ぎて忘れたけど、付き合い始めってこんな会話するんだっけ。
手探りの距離感がむずがゆくも面倒臭くもある。

思い立って武の連絡先を消去した。
長年登録されていても携帯に焼き付いて離れない、なんてことなく、数回タップしただけで跡形なく消えた。

こうして私は直と付き合うことになった。
一片の恋心もないまま、流されて。
もし彼のことが好きだったら、いろんなことが知りたいと思ったはずだ。
知りたいという気持ちこそ、恋だから。

私は直に恋をしていなかった。
だから直のことをほとんど知らないことさえ気になっていなかった。