あなたに呪いを差し上げましょう(短編)

男は静かに答えた。


「いえ、遊学中ではありませんが」

「さようでございますか」


普通に相槌を打とうとして、やっぱり冷たい声が出た。


それならわたくしの噂を知らないはずがない。からかわれているとしか思えなかった。


「あなたのお名前は?」

「……アンジェリカと申します」


ありふれている名前でよかった。家名は名乗らない。


幽閉、軟禁は多くの場合、家名に傷をつけないための、いわば体のいい勘当をさす。


父はわたくしに非がないのは分かってくれているし、わたくしの場合は勘当されてはいないのだけれど、世間ではほとんど幽閉のような扱いだということになっている。名乗る気になれなかった。


家名を言わなかったからか、やはり反応がない。ひとまず礼儀として聞き返す。


「あなたさまのお名前は?」

「……ルーカス。オーウェン・ルーカスと申します」


男は少し迷って、小さく口にした。


思わず目を細める。


自分の名前なのに、まるで言い慣れていないもたついた口調。

聞かれるとは思いもよらなかったというような、虚を突かれた表情。


普段名前を聞かれないということは、よほど身分が高いか、よほど有名か。


……不器用なひと。


おそらく偽名だった。