私を見下ろしていた櫻の瞳が細められる。
幼く緩められた表情をして、細い指が私に伸ばされた。
「春ちゃん、髪に花びらついてるよ。
取ってあげるね」
それってもしかして、さっきまでの話を誤魔化しているつもり?
違っても、まぁ、いいか。
知りたい答えはもう手の中にあるもの。
お姉ちゃんや櫻みたいに、春だからと恋に浮かれるなんて私にはありえない。
今でもそう考えている。
だけど。
春だから、君に出会った。
誰にも見せない、君を知った。
……もっと知りたいと思う。
そのことは、君に惹かれていくことは、まるで春が背を押してくれているようだ。
「はい、あげる」
そう言った櫻がハートの花びらを差し出す。
そっと手を伸ばし受け取ると、ほんのわずかに指先が触れた。
「私、櫻のそばにいたいと思う、みたい」
「え?」
だから、君からうそみたいな笑顔をなくすために。
誤魔化すような言葉の中に隠された気持ちを知るために、頑張ってみてもいいかな。
つまんだ花びらに向けていた視線を上げ、櫻と交える。
息を吐くようにかすかに口角を上げ、笑みの形をつくる。
桜の花びらが舞い落ちる時。
それは恋がはじまる合図。
近いうちにこの中庭の桜も、街並みの桜も、みんなすべての花を落とすだろう。
だからきっと私は花びらと一緒に、恋に落ちるんだ。
大嫌いだったはずの春に、君と。
私はもうすぐ、愛を知る。
fin.