それはほんの一瞬。

唇は離れても体の距離は近いまま、焦点が合ったりぼやけたりを繰り返す。


しばらくのあいだ冷静だったのは、突然の出来事に頭が追いついていないだけだった。

いま何が起こったのか、時間をかけて理解したときには、もう胸が高鳴るどころの話じゃなく。



「あ……しまった。我慢できなかった」


黒い瞳をすうっと細めて、さっきまであたしに触れていた唇をぺろりと舐めてみせる。

その表情、仕草。ぞくりとするほど艶っぽく、目が眩みかけた。


「やっぱりもう帰ろうか。このままふたりでいたら、相沢さんをもっと困らせそうだし」


あたしの返事も聞かないうちに、本多くんは扉に手を伸ばしていた。

動揺しすぎたせいで足にうまく力が入らない。


……どうしてキスなんか?


特に理由なんてないのかもしれない。

女の子と相当遊んでるって噂もあるし。実際、昨日も扱いが慣れているように感じたし。

ひとつ分かったのは、本多くんは悪い顔がよく似合う……ということだけ。