──なんで。

目の前が真っ暗になった気がした。


まずい。
どこで狂った?


この短時間で深川の意識を変えた、何かが存在する。

いったい何なんだ。


本多もエナもいないこの部屋で。

俺が眠っている間に、何が起こった……?




「見てみてよ、これ」



銃を持った反対の手でスマホを取り出し、操作し始めた。

藍色のスマホカバーが見えて、七瀬のものだと分かる。



「本多七瀬が“1時間の自由”と引き換えに僕に寄こしたスマートフォン。クラッキングしてみたらこの通り」



見せられたのはショートメールの画面だった。

やり取りの相手は──エナ。



「僕は、エナがどうしても一緒に来たいって言うから黒蘭本部に連れてきたんだ。僕のことが心配だ、一緒にいたいなんて言うから。……嬉しくて嬉しくて、疑うことすら忘れてた」



心底おかしそうに笑う。


「ここに着いた途端、僕より先に駆け出したかと思えば、“自販機で飲み物買ってくる”とか言ってさ。僕がちょっと目を離した隙に……本多七瀬に捕らえられた」



スマホを持つ指先がわずかに震えている。


「本多は僕のエナの喉元にナイフを突きつけて脅してきた。エナは本当に怖そうにしてた。僕が要求をのんで、解放されたエナは、震えながら言った。“ 怖かった。やっぱりここには居たくない、ごめんね ” って」



話の結末が読めた。

また、まずいと思った。

こんな展開……俺も読めなかった。


「エナは心を許してた相手に、情け容赦なくナイフを向けられて相当ショックが大きかっただろう、可哀想だと思った。それと同時に、これで本多七瀬とエナの関係は完全に切れる、と心から喜んだ。……だけど」



次の瞬間、

──深川は七瀬のスマホを床に叩き落とした。



「シナリオだったなんて気づかなかったよ! 」



高笑いが部屋中に響き渡る。

狂った怪物が、さらに狂っていく瞬間。


俺の体からも血の気が引いていく。


つまりこういうことだ。

七瀬とエナは、初めから手を組んでいた。


エナは諸刃の剣どころじゃない。
とんでもない爆弾だった。