なんで、見られたんだっけ。


よりにもよって本多七瀬。

──敵方の組の息子。

1番見られたくない相手だっただろうに。



そうだ、ふたりでケンカしてたんだ。

放課後の、学校の裏庭、うさぎ小屋の近く。

たしか、防火用水の池があった。



それで、夢中になって、地面との境目もわからず水の中に落ちた。


先に足を踏み外したのが俺で、
とっさに俺の腕をつかんだまま、道連れになったのが七瀬。




『大人? 組の人たちにやられたの?』



不安そうな顔が、いつのまにか目の前にあった。

さっきまで、ろくに景色も見えていなかったのに。



やけにリアルだ。

ゆっくりとした走馬灯……みたいな。


七瀬の髪から雫がぽた、ぽたと落ちてくる。
その冷たささえ感じる気がした。



『それとも、西中の先輩? 黒蘭に楯突いたら、何されるかわからないのに』



俺は、このとき、お前も黒蘭の人間のくせに、何言ってんだって思ったんだ。

実の父親が、黒蘭会のトップのくせにって。



『だったら何だよ』



少し幼い自分の声。



『お前にとっては都合がいいだろ。俺がやられたら、せいせいするだろ』

『そういうことじゃなくて、』



七瀬は、俺のアザだらけの体をもう一度、優しく撫でた。



『隠さなくちゃならない傷なんて、ろくなものじゃないだろ』



七瀬は時々、こういう声を出していた。

凍えるような冷たさのある、怒りをはらんだ声。


ゾクッとするんだ。

汚い言葉を吐いているわけでも、荒々しい喋り方をしているわけでもないのに。



あーあ。

こん時の俺、めちゃくちゃ、みっともないツラ晒してたんだろうな。