スマホが鳴った。
『中島さん。本多七瀬が戻ってきました』
分かった、と返事をして電話を切る。
本多は、与えられた時間内に相沢さんを逃して戻ってきた。
思わぬ展開だったものの、これからの予定に狂いはない。
自分も逃げるという選択肢が七瀬にないことくらい、初めから分かっている。
「深川さん」
隣にいる男に声をかければ、相手は目線だけをこちらに寄こし、無言で応えた。
「やっぱり、エナさんを連れてくるべきじゃなかったですよ。エナさんは、あなたの彼女ではあるけど、本多にも心を許してるから」
そんなことはこの男も知っている。
深川が七瀬のことを殺したいほど憎んでいる理由のほとんどが、これだからだ。
常に手元に置いておきたい。
自分以外を見ないようにしたい。
エナに対する過剰な愛が、次第に方向を狂わせて暴力へと変わった。
そうすることでしか繋ぎとめられなくなった深川は、一段と七瀬を恐れるようになった。
エナがそばにいないと、途端に弱り果てる。
自分以外の誰かにエナが傷つけられることを、優しくされることを、極端に恐れている。
人質にとれば、一時的におとなしくさせることは可能でも、溜まりに溜まった怒りと不安は、いつ殺意に変わって暴走し始めてもおかしくない。
エナは、深川を弱くも強くもさせる……いわば諸刃の剣。
使い方を間違えれば、誰の手にも負えない事態になるかもしれない。
ただの抗争じゃ終わらない予感がする。
七瀬がエナを人質にしたのは、幸か不幸か。
答えはまだ……見えなかった。