暗黒王子と危ない夜


本多くんが背を向ける。

右腕にはギブスがはめられているようだけど、首からそれを吊るしていた白い布は無くなっていた。


行ってしまう。

何か声をかけなくちゃと言葉を探した。




「あ……そうだ、相沢さん」


すると、何かを思い出したように、遠ざかっていた足がピタリと止まる。



「忘れてた」

「え……」

「脱いで」

「……へっ?」



変な声を上げてしまったときにはもう、本多くんの手が、あたしからジャケットを剥ぎとっていて。



「これは、おれが中島に直接返してくるから。……代わりに、これ着てて」



今度は自分の上着を脱ぎ、あたしの肩にふわりと掛けた。

本多くんの匂い……だ。



彼の腕を掴んだのは、無意識。



──ありがとう。

そう言うつもりだったのに。



「……行かないで」


こんな、情けない声しか出てこないなんて。



行かないで。

本多くんがあたしを傷つけたくないと言ったように、あたしはもっと、本多くんの傷付く姿を見たくない。


闘わないでほしい。
逃げてほしい。

ずっとこのまま、そばにいてほしい。


言えないワガママが涙に変わる。

本多くんは足を止めて、しばらく俯いていた。




「……大丈夫」



低くやさしい声が、耳元で響いた。



「死なないで、絶対ここに戻ってくるから、泣かないで待ってて」



ふわり、甘い匂いに包まれる。

本多くんの片腕が、あたしを強く抱きしめた。