「大丈夫。相沢さんは前だけ見てればいい」
信じて、と落ち着いた声が落ちてきた。
暗闇の中なのに、確かに目が合ったのがわかった。
「おれはこの土地のこと誰よりも知ってる。なるべく見つからない道を選んでるつもり。それに、夜に逃げ回るのは慣れてるから」
尾を引いていた恐怖や不安がすうっと抜けていく。
完全に無くなりはしなくとも、消えたと錯覚できるくらい、すごく安心する声だった。
それからは一度も振り返らず、ただ本多くんの背中だけを見つめて進んだ。
「気をつけて。そこの道、すぐ横に川が流れてる」
声をかけられて初めて気づく。
ガードレールなどの区切りが何もない細道。
側面に目を凝らせば、不安定に揺れる水面が見えた。
「わ、びっくりした……。教えてくれなかったら踏み外すところだったかも」
「おれ昔落ちたことあるよ。夜の水は黒く見えるから、道との境目が全然わからないよね」
軽い笑い声が落とされる。
そのセリフが……響きが、なんとなく耳に残った。
昼間なら陽に当たって綺麗に反射するから、当然、道路との境は、はっきりと見分けがつく。
だけど夜は境目なんてわからない。陽と共にすべてが闇に沈んでしまうから、気づいたときには自分も落ちているかもしれないのだ。
急に足元が不安になった。
たしかに地面に足をついているはずなのに、次の瞬間には、深い水の中に溺れてしまうんじゃないかと。
前を歩く背中を確かめて、思わず、服の裾を掴みそうになる。
すぐそばにいるのに「行かないで」と、引き止めたい衝動に駆られた。
……怖かった。
本多くんの進む先、全てを黒く染めるように、闇が覆っていることが。