冷たい手に引かれながら、黒蘭の建物から出て、細い路地をただひたすら迷路のように進んだ。


本多くんが足を止めたのは、5分程経った頃。

クラブ裏口にあるコンクリートの階段にあたしを座らせた。


月は高い建物たちの影に隠れ、足元さえろくに見えない状態。

信じられるのは、あたしの肩を抱く本多くんの温もりだけ。



「大丈夫? 何も、されてない?」



ふたりきりになってから、初めてあたしに向けられた言葉だった。


「……大丈夫だよ」


ずっと怖かったけれど、本多くんが今あたしに触れて、ここに居ることを教えてくれるから。

もうそれだけでいいと思った。


黒蘭のことも、何もかも考えたくなくて。
考えてほしくもなくて。


それなのに、本多くんはあたしに傷がないことを確かめるとすぐに体を離して、空を仰いだ。



「時間がない。追手はすぐに来る」

「っ、そんな……」

「相沢さん。あと10分くらい、頑張って歩ける?」



頷くしかない。


「辛い思いさせてごめんね、」


ひどく掠れた声が路地に響いた。