──夕方。
三成に家まで送ってもらい、鍵を回そうとすると、既に開いていることに気づいた。
朝、閉め忘れたのかな、なんて思いながら中に足を踏み入れる。
玄関に並んたパンプスを見て、そうじゃないことが分かった。
「お母さん、もう帰ってるの?」
電気のついたリビングに向かって声を掛ける。
返事の代わりに、ドタバタと慌ただしい足音が聞こえてきた。
「──ああ、萌ちゃんおかえり」
顔を覗かせたお母さんは、仕事着のままキャリーバッグを持っていた。
「急だけど、日曜まで家あけることになったから」
忙しそうにしているけれど、心なしか表情が明るく見えて。
「そっか。お仕事?」
「ううん。パパがね、ちょっと余裕ができたから会いに来ていいって。メールくれたから、急いで有給とっちゃった」
だからか、と納得する。
単身赴任で今、九州に住んでいるお父さんは、いわゆる仕事人間で。
滅多に会うことはないけれど、こうして時々連絡を入れてくる。
いつも忙しくしていて仕事場からなかなか離れられないらしく、会うとすればお母さんがこちらから飛行機で飛ぶことになる。
「萌ちゃんも本当は会いたいよね、ごめんね。お土産買ってくるから。九州の明太子のお菓子、小さい頃から好きだったよね」
「懐かしい……。うん、お願い。ありがとう」
ひとりは寂しい。
でも仕事で疲れ果てているお母さんの姿を見るよりよっぽどマシ。
お父さんと会えるとなると、とたんに人が変わったように元気になる。
仕事ばかりしているお父さんに愛想を尽かしたりしないのかと、まだ幼い頃に聞いたことがあった。
お母さんはお父さんのそういう所が好きなんだと言っていた。
何かに打ち込んでいる姿に惹かれて、好きになったんだって……。
小さい頃は理解できなかったそういう気持ちも、今なら少しだけわかる気がする。



