固まっていないで早くここから離れたいという気持ちと、本多くんの本音を聞いてみたいという気持ち。
その矛盾から葛藤が生まれる。
「……そりゃあね。おれが高校に入って初めて名前を覚えた女の子だし。マウントとるわけじゃないけど三成より先に知ってた」
肝心なところで声を潜めてしまう本多くん。
聞き取れずに、一度は引いたのに、思わず壁に歩み寄ってしまう。
本多くんはきっと、あたしがここにいることにはまだ気づいていないはず。
三成と一緒に来たということは後々分かることだとしても、今の話は本多くんとしても聞かれたくなかったこと、だろうし。
「エナとは、少し会ってただけ」
本多くんはエナさんを呼び捨てにする。
ふたりの近さを身にしみて感じてしまう。
心がひりっとするような痛みを覚えるのは、もう何回目だろう。
「ずいぶん言い訳じみてんな。萌葉になんかあったら助けに行けるようにっつって、番号を渡したのはお前だろ」
「……うん、そー…だね」
「だね、じゃねぇよ。無責任すぎねーか? 守るもんは一つに絞らねぇと、結局どっちも救えなくなるぞ」
三成は、あたしがこの会話を聞いているのを知ってあえてこんな話をしているのか。
それとも、あたしはカウンター側で待っていると思い込んで、ここぞとばかりに問い詰めているのか。
「……さっきまで心配してくれてたのに、今度は説教か。三成も、相沢さんのことになると、えらく熱くなるんだね」
エナさんのことには触れず、浮き沈みのないトーンでそう言った本多くんに、三成は短い舌打ちを返した。



