そんな言葉と同時、彼が背を向けたのが気配でわかった。
足音が遠ざかっていく。
「灰田、」
引き止めるというよりは、ぽつりと零すような声。
「おれ、灰田が “ こっち側 ” に来てくれたらいいなって思ってた頃も……あったよ」
ひとりごとみたいにそう言った本多くん。
相手に聞こえていたのかは分からない。
そうして、あたしたちふたりだけが部屋に残された。
「──休ませてあげたいけど、ここからは早く出た方がいい。少し我慢して」
下からぐっと腕を回される。
「体、全部おれに預けていいから」
あたしの体をしっかりと抱えこんで、本多くんは部屋から連れ出してくれた。
廊下に出ると、カウンターとは逆方向に進み始める。
「そこの角に非常階段がある。なるべく負担はかけたくないけど、念のため裏口から」
くらくらする。
真っ直ぐに歩けない。
本多くんと密着した部分がおかしいくらいに熱くて……。
目の前の階段がぼやけて見えた。
「階段だけ背負わせて」
そんな声と同時。
体勢を変えられた反動で、あたしの肩に掛かっていた本多くんのジャケットがするりと滑り落ちた。
「ひゃ、」
あらわになった自分の胸元に一瞬で羞恥心が芽生え、思わず本多くんの手を振り払ってしまう。
支えをなくした体は、あっという間に崩れて──。
ひやりとした。
………ここは、階段。



