彼はそのまま部屋を出ていった。
目の前に自分のスマホがあるのに、もう一人にガッチリと掴まれているせいで手を伸ばすこともできない。
知らない異性と密着していると、嫌でも思いだしてしまう。
校舎裏で、西高の生徒に襲われそうになったこと……。
「あんた災難だね。可哀想だ」
ふいに、同情のかけらもないような冷めた声で話しかけられた。
あたしをここに連れ込んだもう一人の彼。
「本多クンは元気?」
答えないでいると、相手は何がおもしろいのか、くっと笑い声をあげた。
「俺の質問には答えなくてもいいけどね。牧野の言うこと無視したら、言葉通り犯されるぜ」
牧野というのは、たぶん今部屋を出ていった彼のことだ。
「あいつはダンマリが一番嫌いなんだ。すぐに言葉が見つかんなくても、なんでもいいから声を出した方がいい」
急にそんなことを話し始めるから驚いた。
まるで、助言のような……。



