慶一郎さんが車に近づいてくるのを見て、早く……と心の中で返事を急かしてしまう。
「慶一郎さんが大丈夫って言ったから、大丈夫でしょうよ」
「……」
「何度も言うけど本多は強いから……ね」
「強い」と言いながらも、さっきから瞳は不安げに揺れている気がして。
その理由が知りたくてじっと見つめれば、それが伝わったのか中島くんはおもろに口を開いた。
「本多、過去に一回だけ負けたことがある」
「え……」
「負けるような相手じゃなかったんだけど、人の強さって、武力とか頭脳だけじゃないからさ。普段はどれだけ無敵でも、イレギュラーな事態ってのは、少なからず起こり得る」
どこか遠くを見るような目をして、ぽつりと声を落とす。
「本多は自分の弱い部分を盾にしてる。自分は”こういう人間”だから仕方がないってね。そうやって邪魔な感情を殺してきたんだと思う。癖にってるから、アレはもう直んないよ」
スマホを操作しながら、車の手前に立つ慶一郎さんの影が視界に入った。
どくん、と心臓が鳴る。
中島くんの表情からは、もう何も読み取れなかった。
ドアが開くと、あたしたちはお互いに視線を反対方向に外し、何も話していなかった風を装う。
「それじゃあ行こうか」
慶一郎さんが煙草を口にくわえる。
低いエンジン音とともに車は再び走りだした──。