婚約前の貴族間でのそういった行為はほとんどといっていいほど、あり得ないこと。
結婚をする前に純潔を失えば、女はその相手と結婚するか、または離婚や死別、つまり初婚以外の男の元に嫁ぐしか方法はなくなる。
だから、口づけ以上の行為は結婚前に求めるものではない。
正式に婚約しているならまだしも、まだ父はその手続きを行ってはいない。
ましてや自分の気持ちが分からない状態であるのに。
……それなのに、あのとき私はこのまま奪われてしまってもいいと思ってしまった。
私はランスなんて求めていない。
私はランスなんて好きじゃない。
……じゃあ、なんでそう思えてしまったの?
初めて自分自身が怖いと思った。
自分の心とは裏腹に、別の人格が私の中にいるようで。
――彼は危険だ。
初めてあの夜会で、ランスを見た時に頭の中で鳴った危険な信号。
それは間違いではなかった。
彼は私を私では無くしてしまう。
今まで悩み苦しんできたことも、すべてが頭の中から消えてしまうくらいに、真っ白に塗り染めていく。
ランスの感触が残る口元を手で押さえ、きつく瞼を閉じる。
――早く忘れたい。
私はランスなんて好きにならないんだから。

