「もう、忘れたと思ってたんだけどな…」
苦笑いは、今にも降り出しそうな灰色の空に吸い込まれて行った。
今はもう、あれが恋だったのかさえ分からなくて。
この想いが未練なのかなんなのか、そんな簡単な判断も付かなくて…。
「あ。やば。もうこんな時間だ。そろそろ行かないと」
そう呟いて、時間潰しに入ろうとしていた書店の前、
一瞬躊躇ったけれど、欲しいものは決まっていたから、
そのまま店内に入って目立つ所に陳列してあったその本を手に取るとすぐに会計を済ませ、俺は待ち合わせの場所へと向かった。
自分から行動を起こさなくても、勝手に沢山の取り巻きが出来る…そんな甲斐さんが、どういう気持ちでそうしたのかは未だに分からないけど…。
彼女に「付き合おう」と声を掛けたのは、夏季休暇前のこと。
彼女は、当然だけど嬉しそうに、涙を滲ませてこくん、と頷いてOKを出した。
その時、俺の胸はちくんと疼いて、
「あぁ、やっぱり俺は彼女のことが好きなんだ」と再確認をした。
俺なら泣かせないのに。
俺なら貴女をちゃんと抱き締めるのに…。
そう、何度も心で叫んだ。
だけど、無情にもそれは声には出せなかった。
彼女が幸せになるなら、それでいいと。
ずっと思って来たから。



