キッカケは、たった一本の電話だった。

 大学を卒業して雑誌編集社に就職し、新人として目まぐるしい毎日を過ごしていたある晩のことである。
 それは、アユミをマリアの元へと引き戻した。


「久しぶり。私、シズカ」

 ぶっきら棒な声がした。かれこれ八年も経っているのに、昔と変わらない。アユミには懐かしいという感覚より、つい二三日会わなかっただけの、親友との会話に他ならなかった。

「元気だった? 今度、同窓会をするんだけど、参加してよね」

「同窓会?」

「幹事なのよ。地元に就職したのはあたしだけで、残っちゃったもんだから、先生に押しつけられちゃってさ」

「そうなんだ」

「ねえ、参加しよ」

「うーん」

「仕事ばっかりしてるんでしょ? たまには気晴らししなよ」

 図星だった。相手は親友なのだ。

「そうね。ありがとう」

 参加するには良いが、はしゃぐような気持ちにもなれなかった。どうしても現実から離れられない。

「ねえ、アユミ。この間さあ……」

 それから、要件を伝え終わったシズカの、止め度もなくたわいの無い話が続く。担任だった先生の話から、近所のネコのイタズラまで。同窓会で再会できるというのに、時を忘れて話し込んでいる。

 疲れ切っていた筈のアユミの心に、シズカの言葉が直接注がれ、溶け込んでゆく。

 アユミは受話器を持って、ベッドに腰を下ろした。重みで出来たシーツの筋が、針のように伸びたり縮んだりと、小刻に動く。

「やだ。まだクラスの半分も架けなくちゃいけなかった」

「大変そう。そろそろ切るね」

「うん、じゃあね。今度は同窓会で」

「じゃあね、シズカ」

 お互いに話し込んでいた事に気付き、電話を切った。

 いつから笑っていなかったのだろう、とアユミは思った。久し振りに時間を取り戻したような気分になった。