湯けむり恋奇譚



「わかった」


誘惑に負けて頷くと、彼は嬉しそうな顔になり、その笑顔にうっかり見とれた。


可愛い。

もしかして女の子なんだろうかと一瞬バカな考えが浮かんだが、昨夜見た映像を思い出してふるふると頭を振った。


早速手を差し出してきた彼に荷物を手渡すと、彼はにっと笑った。


「バカだなあ、お前」


「え?」


彼は由香の荷物をロッカーに押し込み、鍵をかけた。


「なんでそんなに騙されやすいんだ?」


態度が一変した彼に由香が言葉を出せないでいると、彼は畳みかけるように不屈の笑顔を見せつける。



「悪いけど、断るなんてさせない」


戸惑う由香に、彼はロッカーの鍵を指にひっかけて、ゆらゆらと見せつけた。


「君の荷物はこの鍵がないと取れない。俺は君がはいと言ってくれない限り、この鍵を渡すつもりはないよ」


「……」


油断していた。


今までの彼の態度からして、こんなことはしないと決めつけていた甘い自分がいたことに気づいた。


彼がこのあとすんなり帰してくれるだなんて、どうして思っていたんだろう。


ださい眼鏡と髪型と、こちらの機嫌をうかがうような話し方にすっかり騙されていた。


あの荷物の中には帰りの新幹線の切符とか、他に大事なものも入っているのに。